メンタルヘルスとは
メンタルヘルスとは、「心(精神)の健康」と一般的に解釈されています。
ILO(国際労働機関)が、「職場のメンタルヘルス」という報告書において、メンタルヘルスについて次のように触れています。
【ILOによるメンタルヘルスの定義】
心の健康とは、
・心に病気がない状態とみるべきではない
・困難に対処し生活を上手にコントロールして、人生のより高い目標にチャレンジ
できる状態であり、課題を達成できることで充実感を感じられる状態
・精神機能をうまく発揮することによって、様々な人間活動を生産的にし、他人との
関係を維持し、環境の変化に適応し、逆境に対処できる状態
このように精神機能をうまくコントロールしていくことは、人間社会では当たり前のこととされてきました。それにもかかわらず、バブル経済崩壊後、心身ともに不調となるビジネスマンが増え、その上、この大競争時代の波にもまれて、うつ病をはじめとする精神疾患を患う人が増え続けています。
このようなメンタルヘルス悪化の流れにともない、「原因は何なのか」「精神状態を健康に保つ」ためには、どのような支援が必要なのか、ということが大きな注目を集めています。現在、産業と医学がより密接に手を組み、企業内外で様々な取組み・実践が行われ始めています。
メンタルヘルス不全を起こしやすい人とは
メンタルヘルス不全を起こしやすい人、つまり心の健康を保つことが困難になる人とは、困難な環境・逆境に対し、精神疾患となりうるようなストレスを感じてしまう人です。
メンタルヘルス不全を起こしやすい人を簡単に分析してみると、次のような傾向を持つ人が多いといわれています。
・まじめで几帳面な人
・他人任せにできない人
・無理を重ねてしまう人
・職人気質が高く、自分の能力以上の成果をのぞむ人
・物事に執着する人
・自己否定的である人(自己評価の低い人)
・悲観的である人
・物事を白か黒か決めたがる人
・一度に物事を片付けたがる人
・優先順位のつけられない人
・職務に合ったスキル(能力・技術)が不足している人
・長時間労働する人、または強いられる人(月当りの時間外労働が45時間を超える人)
・自尊心が高い人
・孤立化する人
・感情表現が下手な人
上記のような項目に当てはまる人が、必ずしもストレスを感じるとは言えませんし、当然のことながら個人差があります。
しかし、ストレスをあまり感じない人(=上記の項目にあてはまらない人)であっても、マンパワーの不足がちな昨今の社会において、そのような人に仕事が集中して業務が増えた結果、抱えきれないストレスを背負うこともあます。
このようにして、個人が持つ元々のストレス耐性(ストレスに対する強さ、感受性)いかんに関わらず、心の健康を崩してしまう人が増加していくという傾向になっています。
メンタルヘルス不全に気付くためのポイント
メンタルヘルス不全を早期に発見できれば、うつ病などの疾患に陥ることを未然に防ぐこともできます。しかしながら、心の不調は、身体の不調と違って、周囲も、ましてや本人も気付かないことが多いのが特徴です。したがって、メンタルヘルス不全に気付くための幾つかのポイントを、一人ひとりが把握しておくことが大切になってきます。
まず、職場では、通常と違う変化が長期にわたり続いたときは要チェックといえるでしょう。行動面、精神面、嗜好面に現れる幾つかの例を挙げると以下のようなります。
・遅刻や早退が多くなった。
・よく欠勤するようになった。
・仕事上のミスやトラブルが多くなった。
・身だしなみを気遣うことが少なくなった。
・仕事に対する意欲が無くなった。
・少しのことで怒りっぽくなった。
・感情の起伏が激しくなった。
・逆に”ボォー”としていることが多くなった。
・「頑張って」とか「期待しているよ」という周囲の言葉が疎ましく、また負担に
感じられるようになった。
・唐突に「仕事を辞めたい」と口にすることが多くなった。
・嗜好面での変化として、アルコールを飲む量が異常に増えた。喫煙量が激しく増えた。
しかし、このような兆候が見られたからといって、一概に「メンタル不全」と決め付けることができないのが難しいところです。何よりも大切なことは、“いつもと違う”という変化に、自分自身や周囲が気付くことなのです。
メンタルへルスマネジメント
職場のメンタルヘルスマネジメントにおいて、管理職である上司が果たす役割には少なくないものがあります。本カテゴリ記事は、上司として部下の心の健康問題と向き合う際に、参考となるようまとめたものです。少しでも有益な情報となれば幸いです。
職場のメンタルヘルスマネジメント
メンタルヘルスマネジメントとは、「心の健康管理」を意味します。職場の管理者である上司は、健全な職場であることを目指し、部下である職員一人ひとりが心身ともに健康で、喜びと生きがいを持って職業生活を営めるよう配慮していくことが求められます。なぜなら、そのことが生産性の向上につながっていくからです。
また当然のことながら、従業員の雇用主である使用者は各職場のメンタルヘルスケアが円滑に推進されるよう、管理職や推進スタッフ等に対し、全面的なバックアップを行う責務があります。その責務を果たすためには、使用者、関連する事業場内スタッフや労働組合、そして外部資源の3つが協同して、機能的に各自の役割を果たし、働く人たちのメンタルヘルスケアを推進していく必要があります。この際に要求されるマネジメント手法が、「メンタルヘルスケアマネジメント」です。
うつ・うつ病に見られる症状と主な原因
■うつ病の症状とは
うつ病の症状の多くは、大まかには以下の経過をたどるとされています。
「おっくう」で「抑うつ気分」 ⇒ 「自身のなさ」 ⇒ 「考えがまとまらない」
⇒ 「やる気が出ない」 ⇒ 「何をしていいかわからない」
⇒ 「もう自分はだめだ」 ⇒ 「死んだほうがいい」
■うつ病の兆候と経過
『行動面での兆候について』
上記の症状で触れているように、うつ病の最初の兆候は「おっくう」(何をするにしても「おっくう」と感じてしまう)です。この「おっくう」が続き、抑うつ状態に落ち込んでいくようならば、それは"うつ状態"であるといえます。
この状態の時に、本人が仕事上で失敗をし、そのことを上司や周囲から指摘を受けると「自身のなさ」につながります。ここで注意すべきことは、当人が「抑うつ気分」であるかどうか見極めることが重要です。上司が仕事に対して完璧を期そうという思いがあると、部下への指摘につながり当人を追い込んでしまう結果となります。
次に「何をしていいかわからない」以降の段階になると、誰かに助けを求めなければならない(誰かが手を差し伸べなければならない)状態であり、当人へのサポートが絶対に必要となってきます。
この段階で当人にみられる行動上の特徴としては、以下のものが挙げられます。
①遅刻が増える
②すぐに帰宅しないようになる
③定刻ですぐに帰宅するようになる
②は、家に帰っても気分が晴れないからです。これは、職場でルーティンの仕事をしている方が気持ち的に楽であることが多いことによります。特に主婦層などは、家に帰るとルーティンから外れる仕事がたくさんあります(子育てや調理等々)。
一方、③については②の行動とは一見矛盾するようですが、これも危険な兆候とみなされます。現実逃避の1つのサインとして捉えるべきなのです。
このように、早く帰宅するのも、また反対に遅く帰宅するのも日常生活の乱れの一種なのです。
『体調面での兆候について』
また、行動面での特徴以外に、体の変調の訴えが出てきます(頭痛・耳鳴り、風邪をひきやすい、手足のしびれ・痛み)。この段階では、うつ病の入り口に立っていると認識しなければいけません。
この段階で多くは通院に踏み切りますが、たいていの場合は内科を受診し、「特に異常なし」という診断をもらってくることになります。
重要なのは、この段階で上司として精神科の受診を指示できるかどうかです。信頼できる精神科の医師を、上司として把握しておく必要があるといえるでしょう。心療内科の受診は手遅れになる場合があり、勇気を持って精神科の受診を勧めるべきです。
心療内科は、あくまで内科であり診察対象は体の症状です。一方、精神科はその人の"こころの状態"を診ます。また同時に体の症状も診、2つの側面から当人を診察します。
うつ・うつ病の原因はストレス
うつ病の原因は、現在をもってしても完全にはわかっていません。ただし、うつ病になるきっかけは存在しています。その最大の要因が「ストレス」です。ストレスは、脳の中の順調な精神活動を乱す働きをします。
ストレスには、俗に「善玉ストレス」と「悪玉ストレス」とがあるといわれています。善玉ストレスとは、人間が生きていくうえでプラスになるようなストレスのことをいい、これに反してマイナスに作用するストレスを悪玉ストレスといいます。
悪玉ストレスは人の体に変調をきたします。症状が出始めたら、「心のSOS」であると気づくことが大切です(診察で体に異常がなかったら、心を疑ってみる)。
「心のSOS」を認識していないと、仕事上においてがんばりすぎてしまい、その結果、こころを潰してしまうことになるのです。したがって、「がんばりすぎないようにする」、あるいは「がんばらせないようにする」ことが上司の務めなのです。「がんばっている時が危ない」ということを肝に銘じておく必要があります。
人間の心の中には"バネ"があり、「モヤモヤ」とした気分や落ち込んだ気分をはね返す作用をしています。心に負担がかかるとバネが縮み、それがなくなると元に戻ります。しかし、反発力を潰してしまうような負担がかかれば、元には戻らなくなってしまいます(心のバネが効かない状態)。
このようにはね返す力がなくなってしまうと、生きるエネルギーが著しく低下し、日常生活がまともに送れない状態になってしまうのです。心のバネが効かなくなってしまうと、具体的には自身喪失(思考面)、いらいら(感情面)、やる気の低下(意欲面)となってあらわれます。
「こころ」と「人間関係」
■「こころ」とは
ストレスに弱いのは、「こころ」がしっかりと育っていないからです。
「こころ」は四面体でできていると考えることができます。4つの面、つまり「知」「情」「意」「自分らしさ」から構成されている三角錐と考えることができます。
・「知」は、物事をよく理解できる力であり考えをまとめる力である。
・「情」は、相手のこころを思いやることができる力である。
・「意」は、何かをしたいと思うことや、実際にそのことを行動に移す力である。
・「自分らしさ」は、「知」「情」「意」の3つのバランスを支える力である。
このなかで、一番大切なのは、三角錐の底面となる「自分らしさ」です。
この「自分らしさ」のこころを持ってはじめて「知的なこころ」が働き、「相手に対する情を示すこころ」を働かせることができ、「何かやろうという意欲を持って行動するこころ」が働きます。
人間のこころがまっすぐな状態とは、この4つの面が同じ大きさでバランスが取れている状態、つまり正三角錐のかたちを保っている状態と考えることができます。
しかし、同じ体積(こころの大きさ)でも、狭い底面だと重心が高くなりすぎてこころは不安定になります。つまり、こころの大きさは変わらなくても、自分らしさ(自我)がないと不安定になるのです。一方、同じ体積でも、側面のバランスが悪いと重心が偏るため不安定。つまりこころのバランスを崩しやすいといえます。
このようにバランスが悪いと、ちょっと風が吹いたり、風を人の噂と言い換えれば、人から悪口をいわれるとそれだけでも倒れてしまう「こころ」の持ち主ということになってしまうのです。
■「自分らしさ」とは
では、「自分らしさ」はどのようにしてできるのでしょうか。こころを卵の形に例えてみます。この卵の中には常時「欲求」というものが詰まっていて、その欲求は膨らんだり縮んだりしています。大きく膨らんだときには、卵の中を占拠するようになります。膨らんだ欲求は卵の外の世界、つまり外界に向けて力をぶつけますが、反対に外界からはその欲求を抑え込もうとする力(世の中の約束や決まりごとに代表される「規範」)が入り込みます。
このように「欲求」と「規範」が争いあって折り合いをつけたものが「自分らしさ」です。
換言すると、こころの中にある「欲求」とこころに取り入れられた「規範」との闘いによって生まれてくるものが「自分らしさ」といえます。
この「自分らしさ」とは、我が儘や勝手というのとは異なります。我が儘や勝手は、欲求のまま行動することをいうのであって、こころの中に取り入れられた規範との闘いによって生み出された「自分らしさ」ではありません。
いま、この「自分らしさ」を育てない子育てが大流行しています。例えば、「親のいうことを聞きなさい」とか、「先生の指示に従わない子はいけない子」といった育児や教育の結果、「上司の指示に従うことがよい社員である」といった考えが導き出され、指示を出す方も指示を受ける方もそれが当然だというような雰囲気が醸成されています。
しっかりとした「自分らしさ」を持ち、「自分ならどうするか」を考え、「自分はどうしたいのか」を自問しながら課題に取り組むことができる上司・部下との関係でなければ、職場における問題解決の道に近づけません。
ということは指導者自身が自らを省みて、自分に自分らしさが備わっているか否かを考えることが重要になってくるのです。
■「人間関係」とは
人は、人と人の間で育ちます。人のこころは人のこころと人のこころの間で育っていきます。
人間関係が「こころ」を育てるといってもよいでしょう。
人間関係を発達的に捉えると次の3段階があります。
①自分よりも年上の存在との関係を通じ ⇒信頼するこころを育む
②自分よりも年下との関係を通じ ⇒自制するこころ(セルフコントロール)を育む
③同年との関係を通じ ⇒自己認識・他者認識のこころを育む
人と人との関係は、この①②③の関係を順番に、そして繰り返していきます。
人はこのような人間関係の段階を順序よく踏んで自立していきます。
いま、こうした発達段階を順序良く踏む子育てをしなくなってきています。ということは、職場にもこのような段階を経て育った人が少ないということになります。そこに職場におけるメンタルヘルス問題の根っこがあるといえます。
上司に求められる指導力とは「人と人を結びつける力」、つまり「人間関係力」なのです。
「人間関係力」をつけるというのは、上記のような順序を踏んできたか否かを職員の一人ひとりについて考えながら職員理解を深め、其々の職員に課題を担ってもらう配慮をする必要があるということです。
うつ・うつ病の早期発見と早期介入
■早期発見を考える前に
上司として部下の心の健康状態に配慮し、”うつ状態”や”うつ病”の早期発見にむすびつけていく には、普段から心がけておかなければならない大切なことがあります。それは以下の4点です。
①「人を病名からみない」、「病名で人を判断しない」、「病名をつけない」。
以上の3点を肝に銘じておく必要があります。上司として、人として基本となる姿勢です。
②面接のコツを身につける
表情・態度・言動・行動、意識、見当識、記憶、知能把握。普段の日常の会話や様子の中で、これらの項目をチェックする習慣を持つようにします。
③重点をどこに置くか考える
疎通性、注意、思考(思路、内容、知識)、感情、意志意欲。日常行動の中で質問項目としてつくり、当人に投げかけてみます。
④うつ・うつ病を疑うときは
「知」(思考の内容が貧弱か)、「情」(気分の落ち込みがあるか)、
「意」(発動性の低下があるか)の3つの側面からチェックします。
■早期介入の前に
上司として早期介入を行う前に、部下の以下のような傾向を知っておくこと必要があります。
①こころのひ弱な若者が多い。
②型にはまることが楽な生き方だと思っている(型から外れることを嫌がる)。
③小さなときから決められた道を歩いてきた。つまり、冒険はしないし、思いがけないこともしない。
④失敗もしないかわりに、成功感もない。このことが、今の教育で一番の問題。
⑤褒められた経験はあっても、叱られた経験がない。
⑥決まった道から外れるとパニック、失敗するとパニック、叱られるとパニックを起こす。
近年、「引きこもり」が増えているのも、心のなかに「失敗したくない」という気持ちがある
からなのではないでしょうか。したがって、上司は育てなおしをする考えでもって部下と接していく必要があるといえます。褒めるだけではダメ、失敗しないように手を出すのもダメ、どこで失敗したのかを一緒になって考えていく姿勢が大切になります。
■うつ・うつ病と生きる意欲の低下
苦悩・苦痛・不安が増大すると、精神的な活力が減退し、生きる意欲の低下が起きます。
しかし、このようなことは表にでてこないこともあます(それを見せない人もいる)。
したがって、上司としては、「失敗しない」「手がかからない」部下ほど注意しておく必要があります。
部下が個人的なことを話すようになったときには、注意する必要があります。上司としては話を聴く態度で接することが大切です。