気分障害とは何か -うつ病と双極性障害について

1 概念

 気分障害とは、文字通り気分が沈んだり、「ハイ」になったりする病気です。以前は感情障害と呼ばれていましたが、泣いたり笑ったりする「感情」の病気というよりも、もっと長く続く身体全体の調子の病気という意味で、気分障害と呼ぶようになりました。病気がひどい時に、一時的に妄想や幻聴などの精神病症状がでることもありますが、いわゆる精神病には含まれません。

気分障害には、大きく分けて2つの病気があります。1つはうつ病、もう1つが双極性障害(躁うつ病)です。

(注: その他に、気分変調症、気分循環症、抑うつ気分を伴う適応障害、器質性気分障害、内科疾患に伴う気分障害など色々ありますが、ここでは代表的な2つのみについて解説します。)

うつ病 

 うつ病は、ストレスにさらされれば誰でもなる可能性がある、という意味で、よく「心の風邪ひきのようなもの」と言われます。実際は、風邪ひきよりはもう少し重い病気と考えた方が良いでしょう。軽くてインフルエンザ、重ければ肺炎くらいのイメージです。放置すれば命にかかわることもありますが、きちんと治療すればほとんどの場合すっかり良くなります。

悲しいことがあったり、大きな失敗をしたときなどは、誰でも食欲がなくなったり眠れなくなったりしますが、うつ病はこれがひどくなって、そのまま治らなくなってしまった状態です。どの位ひどければ病気と呼ぶのか、一概には言えませんが、「1日中続き、どんなにいいことがあっても改善しないような嫌な気分(抑うつ気分)」または「それまで興味のもてたどんなことにも興味がなくなった状態(興味喪失)」のうちの少なくともどちらかがあって、5つ以上の症状が2週間以上続いた時に、うつ病と診断することになっています。

双極性障害 

 うつ状態と躁状態が出現する病気です。躁状態だけの人も、いずれうつ状態が出てくることが多いので、双極性障害とほぼ同じ病気と考えて構いません。双極性障害は、100人に1人位しかかからない病気で、誰でもなりうる「うつ病」とはだいぶ違います。いったん治っても、放っておくとほとんどの人が数年以内に再発するので、生涯にわたる予防療法が必要になります。

2 成因

うつ病

 うつ病の主たる原因はストレスです。ストレスにさらされると、これに立ち向かうホルモン(副腎皮質ホルモン)が分泌されますが、普通は「フィードバック機構」が働いて次第にストレス反応が止まります。うつ病になるとこれが止まらなくなってしまうのです。また、うつ病になると、脳内の神経伝達物質であるセロトニンなどが不足すると考えられています。強い持続的なストレスにさらされたら、ほとんどの人がうつ病になりうると考えられますが、ストレスに対する弱さには個人差もあります。ストレスに対する弱さは、生まれ育った環境などによって決まるようです。幼い頃に両親をなくすといった体験をすると、セロトニン神経の発達が悪くなり、うつ病になりやすくなります。

双極性障害

 双極性障害の主たる原因は、遺伝的な体質により、セロトニンなどの神経伝達物質に対する過敏性があり、そのために、これらの神経伝達が不安定になることだと考えられます。ただし、遺伝病とは異なり、こうした体質を持っていても病気になるとは限らないし、むしろこの体質には良い面もあるかも知れません。ストレスは発症のきっかけにはなりますが、直接の原因ではありません。

3 特徴的な症状

うつ状態

 うつ病、気分障害という名前から、どうしても気持ちだけが落ち込む病気かと思ってしまいますが、実際はもっとからだ全体の調子が悪くなってしまう病気です。

 うつ病になると、一日中嫌な気分が続き、朝起きた時が一番ひどく、どんなに好きなことをしても全く気が晴れません(抑うつ気分)。食欲がなくなり、好きな食べものを食べてもおいしいと思えず、まるで砂をかんでいるような感じで、食がすすまないので体重がどんどんやせていきます。夜は寝付きが悪い上に、夜中に何度も目がさめ、朝は暗いうちから目が覚め、眠れないままにふとんの中でもんもんと過ごします。動作や頭の働きも、いつもよりゆっくりになってしまいます(制止)。いつもなら決断できることが、迷ってしまってなかなか決められません。本を読もうとしても、同じ行を何度読んでもいつものようにすらすらと頭に入りません。それどころか、仕事も、家事も、趣味さえも、とにかく何かをしようという意欲はまったくわいてきません。いつも楽しみにしていテレビや、毎朝読んでいた新聞にも興味がわかず、とにかくやり場のない苦しみに一日中苦しんでしまいます。何をしていても気持ちが落着かないので、ため息をつきながら、立ったり、座ったり、うろうろしたりと落着かなくなることもあります(焦燥)。何を考えても悪いほうにしか考えられず、自分は今まで何の役にも立ったことがないだめな人間だ、としか思えません(微少念慮)。これが高じると、自分は生きる価値のない人間だとしか思えず、死にたくなってしまいます(希死念慮)。

 こうした症状のうち、23の症状が45日続く、ということは、肉親の死などの強いストレスにさらされた時にはよくあることですが、このうち5つ以上が2週間以上というと、そうそうあることではないとわかっていただけるでしょう。

 うつ状態がひどくなると、こうした症状が極端になり、「恐ろしい罪を犯した」「決して治らない身体の病気にかかった」「家が破産した」など、ありもしないことを信じ込む症状(妄想)や、こうした内容の幻声まで聞こえてくることもあります。こうした場合、「精神病症状を伴ううつ病」と呼びます。

躁状態

 躁状態では、気分は爽快で楽しくて仕方がなく、夜はほとんど寝なくても平気で、疲れを知らずに活発に活動します。多弁で早口になり、ほとんど口をはさめません。豊かな連想、素晴らしいアイデアがあふれるようにわいてきます。自分は周囲から尊敬されている素晴らしい人間だと確信して(誇大性)、突然選挙に出ようなどと言い出します。 最初のうちは、仕事がむしろはかどるかもしれませんが、あっという間にひどくなり、ちょっと口をはさむだけで怒り出します。色んな考えが浮かぶので、すぐに気が散り集中できません。誇大性が高じると、「超能力がある」などの誇大妄想に発展します。うつ状態だった人が急に躁状態になること(躁転)はまれでなく、一晩のうちに躁転することもあります。逆に躁状態の人は、治るまでの間に、多かれ少なかれうつ状態を経験します。

4 代表的な症例

うつ病

 72歳女性。幼少時父が失踪し、母に育てられた。女学校卒後、会社員として勤務し、28歳で結婚。子育てをしながら62歳まで仕事をしていた。

 60歳頃より夫と感情的にすれ違うようになり、定年退職と共に夫と別居し、娘と2人暮らしを始めた。この頃より、不眠、食欲不振、意欲低下が出現したが、何とか家事はしていた。精神科を受診し、うつ病の診断で治療を受け、2年ほどで軽快。その後は問題なかった。 

 71歳時、帯状疱疹にかかり、内科で治療を受けたが痛みが続いた。4カ月ほどして、次第に抑うつ気分、食欲不振、不眠が出現したため同じ病院を受診し、抗うつ薬を投与されたが、副作用でふらふらになり、通院を中断。別の病院で抗不安薬による治療を受けたが改善しなかった。72歳時、抑うつ症状が次第に悪化し、焦燥、希死念慮が出現したため、大学病院精神科に入院し、抗うつ薬による治療を開始した。

 病棟では、「歩けない」「私はもうだめだ」「食べ物が一口も食べられない」と訴え、検査の時は車椅子で看護婦が付き添い、配膳も看護婦が行っていたが、実際は食事、歩行はできていた。1カ月ほどで自ら配膳、歩行ができるようになったが、相変わらず自己評価は低かった。入院7カ月目に、抗うつ薬の作用増強のためリチウムを加薬したところ、次第に自己評価も改善し、自分でも「良くなってきた。退院したい」と言うようになった。9カ月目には完全に改善し、退院となった。

双極性障害

 22歳女性。短大卒後就職し、仕事も特に問題なくこなしていた。21歳時、職場の配置転換を機に、仕事に積極的になれず、趣味のテニスもしなくなったが、何とか出勤していた。3カ月ほどして、不眠が出現した後、朝4時頃に起き出して朝早くから誰も来ていない会社に出勤したり、高価なブランド物のバックなどを買い漁る、朝早くから友人に電話してひんしゅくを買うなどの行動が出現し、様子がおかしいことに気づいた両親が精神科を受診させ、入院となった。入院時は多弁で、口を挟むのも難しいほどであった。リチウムおよび抗精神病薬により治療を開始すると、躁状態は落ち着いたが、すぐにうつ状態となり、また躁状態となることを繰り返した。リチウムに加え、カルバマゼピン、バルプロ酸を加えたところ、次第に落ち着き、躁状態、うつ状態は出現しなくなり、1年間の入院後、退院となった。職場の上司も病気を理解してくれたため、元の職場に復帰し、その後は順調に仕事を続けている。

5 経過と予後

うつ病

 うつ病の経過は人によってさまざまです。一生に一度きりで2度とならない人もいるし、何度も繰り返す人もいます。途中から躁状態がでてきて双極性障害になる人もいます。

双極性障害

 双極性障害では最初のうちは、ストレスでうつ状態になることが数年に1回あるという程度ですが、次第に回数が増え、ついには特にストレスがなくても1年に4回以上病気を繰り返す状態(ラピッドサイクリング)になってしまいます。

 双極性障害には予防薬があるので、これをしっかりのめばたいてい再発は防げるか再発しても軽くすみます。しかし、一生薬を飲むのは並大抵のことではなく、ほとんどの場合薬をやめてしまい、再発します。躁状態、うつ状態はいずれ治りますから、自殺さえしなければ、それ自体で命を落とすことはありません。しかし、躁状態、うつ状態を繰り返したまま治療もせず放っておくと、離婚、失職など、社会的には相当のハンディキャップを背負うことになってしまいます。

6 治療

うつ病

 内科で異常ないと言われたが、やはり具合が悪い場合は、うつ病を考える必要があります。周囲の人が特に心配した方がよいのは、重症のうつ状態で本人が病気という認識が持てず、どんどん悪くなっている時、うつ病として治療を受けていたが具合が悪くて病院に行けない時、食事ができず栄養不良や脱水状態になりかけている時、死にたいと訴えている時などです。

 うつ病、および双極性障害のうつ状態の治療は、患者さんの苦しみを改善し、できる限り早く症状をとることに加え、自殺予防が何より大切です。うつ病で自殺して亡くなる人は、日本でおそらく年間1万人以上いると思われ、交通事故の死亡者より多いと考えられます。自殺予防の第1歩は、希死念慮の有無とその強さを把握することです。希死念慮があるとわかったら、自殺は決してしない、と約束してもらいます。自殺しないと約束できない人は重症ですから、入院の必要があります。入院しても安全が確保できない場合は、「修正電気けいれん療法(mECT)」という、自殺念慮に対して即効性のある治療法もあります。

 うつ病の人には、これが病気であり、休養を取って服薬すれば必ず治ること、治るまで重大な決定をしないこと、治るまでには一進一退があることを説明します。うつ状態にある人は、いくら頑張ろうとしても気力がついてこないため、自信をなくしています。周囲は激励したりせず、やさしく支えることが大切です。 また、うつ病の患者さんとかかわる時は、患者さんが元来しっかりした人であったことを忘れてはいけません。うつ病の患者さんは、いかにも自信がなさそうに見え、自分は何もできない人間だと強く訴えますが、実際は能力もあり、人に信頼され、きちんと仕事をしてきた人だ、ということを忘れずに接するようにしないと、患者さんも治る目標を見失ってしまいます。

 うつ病の患者さんに絶対してはならないのが、「気の持ちようなのだから、薬にばかり頼っていないで自分で頑張って何とかしなさい」といった励まし方です。精神科にかかることを名誉と思う人はいませんし、薬をのみたい人もいません。それを我慢して薬を飲んでいるのに、周囲の人にこのように言われるほどつらいことはないのです。

 うつ病の治療には抗うつ薬を使いますが、これは効き目が出るのに12週間かかり、副作用(口の渇き、尿が出にくくなる、目がかすむなど)が強いという特徴があり、使い方の難しい薬です。しかし、その強い副作用でも、うつ病を経験した人に聞くと、「うつ病の途方もない苦しみよりはずっとましだ」と言います。

 抗うつ薬が効かないからといって、うつ病でないとは言えないし、簡単に治療をあきらめては行けません。最終的にはmECTを使えば、ほとんどすべての患者さんが治ります。難治性のうつ病に見える人は、ほとんどの場合、治療が不十分なだけなのです。

双極性障害

 躁状態の患者さんは、本人はとても調子が良いと思っている一方、周りの人を困らせていることが多いので、なかなか治療に結びつけにくいという問題があります。何とか本人の訴え(眠れない、いらいらする、など)を引き出して受診に結びつけたり、上司から指示してもらうなどして、受診につなげます。躁状態の患者さんを治療せずに放っておくと、社会的信用や家族との信頼関係を失ってしまうので、早期の治療が必要です。外来治療を拒否する場合は、入院が必要となります。意に反して入院させるには、医療保護入院といった強制的な入院が必要なこともあります。こうした場合は特に、抗精神病薬により十分に鎮静して休養できるようにすることが必要です。

 躁状態では、子供扱いせず相手を立てるようにしながら対等に話す、根気よく説得し、相手の正常な部分を引き出して交渉する、しつこい場合は話をそらす、など対応を工夫しながら、薬物療法による改善を待ちます。躁状態は、治療すればたいてい23カ月以内に治ります。

 双極性障害の治療で最も大切なのは、再発予防です。患者さんの人生を脅かすのは、再発を繰り返すことによる二次的な社会的ハンディキャップです。そのためには、長期間、ほぼ生涯にわたる薬物療法が必要となります。

 予防薬には、主としてリチウム、カルバマゼピン、バルプロ酸の3つがあります。リチウムは、手がふるえる、のどが渇くなどの副作用があり、中毒になりやすい薬なので、医師の指示を守りながら服薬する必要があります。これらの薬を効果的に使えば、ほとんどの患者さんでは薬を飲んでいる限り病相(躁状態、うつ状態)が全くなくなるか、軽い病相ですみます。

一生薬を飲むというのは、誰にとっても受け入れがたいことです。しかし、それを受け入れない限り、患者さんが社会的ハンディキャップを背負うことを予防できません。そのためには、患者さんが疾病を受容するプロセスに注意しながら、疾患について教育していく必要があります。生涯薬を飲めといわれれば、誰でも反発したり、認めようとしなかったりします。納得しても今度は、一生治療を続けなければならないほどの病気になってしまった、と落ち込んだり、自己否定したりします。その時期を通り越して始めて、病気とつきあいながら暮らしていこうという境地に至るのです。

For people in depression

What is Depression?(Depression#1)

Treating Depression (Depression #2)

Depression Treatment:Therapy

「SSRI」や「SNRI」

坑うつ剤、本当に危険?

 

 うつ病の大半が服用する坑うつ剤「SSRI」や「SNRI」を巡り、厚生労働省が「他人への攻撃性が増す可能性がある」として注意喚起した。だが、焦燥感やいらだちなどは副作用か病気の症状か判別が付きにくい。坑うつ薬は効果が出るまで時間がかかり、クライアントは不安を感じがちだが、うつ病は薬の適切な服用で回復が早まるケースが多い。医療従事者に相談するなどしてクライアント本人が納得して治療を受けることが重要だ。

 

 厚生労働省が新たに副作用として注意喚起したのは、「アクティベーション症候群」と呼ばれ、不安やいらだちが強くなったり、ささいなことで怒りっぽくなったりといった症状。坑うつ剤の飲み始めや増量時に出てくる。

 

効果には個人差

 1年半までSSRIの1つ「パキシル」を飲んでいたクライアントAさんは、病院の掲示板で注意喚起について知った。「驚いて、起こり得る症状は何か全部読んだ」が、当てはまる症状はなく、「自分は大丈夫」と少しほっとした。

 現在SNRIの「トレドミン」を主に服用しているクライアントBは、「飲んでいる患者は何十万人といるのに、実際に薬との因果関係があるとされたのは数件だけ」と冷静に受け止めた。ただ、「この薬で助かっている人が多いのに、患者への影響が心配」と懸念する。

 SSRIの国内販売開始は1999年。現在4商品あり、うつ病治療では最初に処方される。旧来の「三環系坑うつ薬」と比べて便秘、太りやすい、心臓への負担などの副作用が少なく安全性が高いとして、「発売当初は過剰な期待があった」と日本うつ病学会理事長は振り返る。

 ただ、アクティベーション症候群が起こり得るのは「当初からわかっていた」と。坑うつ薬は落ち込んだ気分を引き上げようとする作用を持つ。うつ病の人に多いストレス状態は変わらないのに、活力だけが出てイライラするわけだ。「SSRISNRIに限った副作用ではない」という。

 同症候群が注目されなかったのは、うつ病に伴う症状と区別が付きにくいことが大きい。クライアントBさんの場合、「坑うつ剤服用とは関係なく、職場で電話中に怒鳴ったり、机をたたいて同僚に怒鳴ったりすることがあった」という。症状と副作用との見分けは医師にも難しく、慎重な判断が必要である。

 ただ、SSRISNRIが誰にでも効くわけではない。

 クライアントCさんは昨年春、座っていられないほどの疲労感や不眠、食欲不振に陥った。多忙な部署に移動。午前8時に出勤、帰宅は午前3時という日が続いた。翌月に精神科のクリニックを訪れると「典型的なうつ病」と診断された。

 処方されたのはSSRI。副作用はないが、薬の量を増やしても症状は改善せず、7月中旬から徐々に三環系坑うつ薬に代えていった。便秘や排尿困難などの副作用はあったが、9月には外出できるようになるなど劇的に回復。「良くなる実感がなくて不安になったが、『10%回復したくらい』『よくなるのは半年くらいから』などの主治医の言葉を支えに薬を飲み続けられた」と。

 他方、SSRIの中でも効果が同じとは限らない。クライアントDさんは日本で売られるSSRIを一通り経て、「ジェイゾロフト」でようやく効き目を実感。「別の薬に切り替えるのに3ヶ月ぐらいかかる。1年はあっという間で、本当に治るのか不安だった」と振り返る。

 

患者の納得重視

 

 一般に抗うつ剤は効果が出るまで2週間程度かかる。効果の実感前に吐き気などの副作用が出ることも多く、飲みながら不安を感じるクライアントは多い。不安の解消には、医療従事者との対話が不可欠。

「クライアントと話し合いながら薬の量や種類を変える」とクライアントDさんの主治医は説明する。2回目以降の診療は短時間になりがちだが、この主治医が1人にかける時間は3045分。「雑談しながら状態を把握する。例えば、新聞を読めるようになれば回復してきたということ」

 同主治医が重視しているのが、単に医師の指示に従うのでなく、自身が納得して薬を服用するというクライアントの態度である「アドヒアランス」。本人が薬で治していくという意思を持ち、医師と話し合い計画通りに薬を服用する。

 アドヒアランスにはクライアントが病気や薬と向き合うことが必要。「鬱姫なっちゃんの闘鬱記」を書いた杉山さんは、大学入学後初めて受診した精神科では、処方された抗うつ剤が「副作用が強くて飲めず、毎週のように変えてもらった」という。薬学部に進んだ3年生で、抗うつ剤がどのように効いていくのかを知った。「薬の知識を持ってからは受け入れられるようになった」という。

 また、クライアントDさんは以前かかった診療所の復職プログラムで受け取ったチェックシートを活用している。うつ病に伴う様々な症状が項目にあり、「定期的なチェックで自分の状態が把握しやすく、薬の合う・合わないも含めて主治医に相談しやすい」という。

 

    SSRISNRI

SSRIはうつ状態の脳内で減少している神経伝達物質セロトニンの働きを強め、抗うつ作用を示す。三環系坑うつ薬と薬が効く仕組みや効果はほぼ同じだが、従来と比べ純粋にセロトニンだけの濃度を上げるため、副作用が少ない。

SNRIはセロトニンとノルアドレナリンの濃度を高める。ノルアドレナリンを増やすことで意欲や活動性を高める効果が期待されている。

国内で販売されるSSRIは「パキシル」「デプロメール」「ルボックス」「ジェイゾロフト」で、最も多いパキシルの年間投与者は123万人(推計)。SNRIは「トレドミン」などの商品名で年間38万人(同)に投与されている。

 

薬が効きにくいうつ病

 

 うつ病には、比較的抗うつ剤が効きにくいタイプもある。一つは若い人に多いとされる「非定形うつ病」などと呼ばれるもの。中高年に多いうつ病に比べ、他人への責任転嫁や、仕事を離れると活力が戻るなどの傾向があるという。

 うつ病クライアントの復職プログラムを持つ医療機関医師は、「従来の中高年に多いうつ病に比べて不安が強い」と見る。SSRISNRIは三環系などの従来の抗うつ剤と比べて不安を取り除く作用があり、きちんと服薬すれば一定の効果はあるが、「服薬に懐疑的なクライアントが多い」と指摘する。

 薬物療法以外に注目されるのが「認知行動療法」など心理的アプローチで働きかける治療。薬が効きにくいクライアントに、薬と併用すると効果的。認知行動療法は「考え方や行動を変えることで、気持ちを変えていこうとするもの」。

 例えば、うつ病クライアントは知人が自分の前を通り過ぎると「自分は無視された」などと思い込みがち。これを、「知人は忙しかったからだ」「近視で見えなかったからだ」などとより現実的な考え方に変えることで、気持ちが落ち込むのを防ぐ癖をつける。

 ただ、国内では認知行動療法の統一ルールやマニュアルがなく、療法普及へのハードルになっている。各医療機関がバラバラの方法で実施しているのが問題。また、医療保険の適用施設も既存の「精神科デイケア」などを当てはめており、診療報酬上の評価がほとんど無いのが実情。

自閉症

脳の神経機能低下

 

厚生労働省研究班 画像分析で確認

 

 発達障害の一種である自閉症の人の脳は、神経伝達物質「セロトニン」に関わる蛋白質の機能が自閉症でない人と比べて約3割低下していることを、厚生労働省研究班が脳画像分析で突き止めた。セロトニンの異常と自閉症との関連は以前から取りざたされてきたが、脳画像で関係を確認したのは初めてという。

 自閉症は「自分の気持ちをうまく伝えられない」「こだわりが強い」などの特徴を持つ発達障害。研究班は18~26歳の自閉症の20人とそうでない20人の協力を受け、陽電子放射断層撮影装置(PET)で脳画像を撮影し比較した。

 自閉症の人の脳ではセロトニンの輸送に関わる蛋白質の働きが平均で約3割低下していることが分かった。自閉症の症状が重いほどこの蛋白質の働きも落ちていた。

 セロトニンは感情、睡眠、食欲などに関わるとされる脳内の神経伝達物質で、うつ病などにも関与していると考えられている。

 研究班は今回の成果について「脳内のセロトニン異常を標的にした治療・予防法などの研究に役立つ可能性がある」と説明している。

食生活の偏りがうつ病を引き起こす!?

やる気が起きない、物事に興味がわかないなど「気分障害」の一つであるうつ病。

しかし、実はそのうつ病、普段の食生活と深く関わっていることをご存知でしたか?

あまり知られていないうつ病と栄養の関係。その仕組みについて、紹介します。

 

神経伝達物質の不均衡がうつ病をもたらす

 

 厚生労働省の患者調査によると、日本では、2008年のうつ病の総患者数は100万人を超え、今やうつ病

は私たちにとって非常に身近な病気になっています。そのうつ病の多くが、食生活の偏りに起因していると

したら、――。そもそもうつ病とは、感情や感覚を伝える脳の神経細胞から分泌される神経伝達物質のバランスが崩れることで引き起こされる病気です。

 具体的には、①興奮系の神経細胞、②抑制系の神経細胞、そして③調整系の神経細胞の3つが関係しています。

 やじろべえをイメージしてください。左右の重りに当たるのが、興奮系と抑制系の神経細胞、支点に当たるのが調整系の神経細胞です。心が安定しているときは、興奮系の神経細胞と抑制系の神経細胞、調整系の神経細胞から脳内神経伝達物質がそれぞれ適量分泌されるため、バランスよく水平を保ちます。しかし、ひとたび脳内神経伝達物質の分泌量のバランスが狂うと、心や感情に変化が起き、不安やイライラといった心の乱れが生じるのです。

 神経伝達物質の不均衡によってうつ病が生じる――ということは、これらの神経伝達物質をバランスよく保ちさえすれば、うつ病を改善したり、予防したりできるということ?

 その通りです。心を安定させるには脳内神経伝達物質を常にバランスよく分泌させることが大事で、そのためには、まず、神経伝達物質の主原料である蛋白質を普段から積極的に取ることが大切なのです。

 

ポイントは肉や魚を多くとり炭水化物は少なめに

 

 一口に脳内神経伝達物質といっても、興奮系の神経細胞から分泌されるドーパミンやノルアドレナリン、抑制系の神経細胞から分泌されるGABA(γ―アミノ酸)、調整系の細胞から分泌されるセロトニンなど、その種類は様々です。注目すべきは、どの神経伝達物質も蛋白質なしでは作ることができないということ。

このため、肉や魚を普段からとらない人は、神経伝達物質が十分に作られず、うつ病の予備軍になることが考えられるのです。特にダイエット中の方は、肉などの動物性蛋白質を控えがちになってしまうため、要注意です。

 とりわけ、蛋白質と鉄分が豊富な卵は、生理で鉄分が不足しがちな女性にとって、うつ病を予防する理想の食材といわれています。

 うつにならないためには、蛋白質を多くとり、炭水化物はごく少量にすることです。フランス料理のコースを想像するとわかりやすいでしょう。前菜から始まり、メインは肉か魚料理。パンはほんの少ししか食べませんよね。これをヒントに毎日の食事を組み立ててみると、うつにならない食生活がおのずと実践できると思います。

 うつが心配な方、まずは食生活から見直してみてはどうでしょうか。